| 孔子ゆかりの地―曲阜 |
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中国山東省の南部にある曲阜は中国古代文化の発祥地のひとつとして歴史が長く、中国古代の偉大な思想家で政治家、教育者、儒学派の創立者である孔子の生誕地として有名である。
後世の人々は孔子の生地に廟を建てて孔子を祭った。孔廟、孔府、孔氏の墓地である孔林は「三孔」と総称され、この膨大な古代建築群は、世の中の移り変わりを経てもなお健在で、今や中国伝統文化の縮図となっている。曲阜市の中心部にある孔廟は孔子逝去の翌年、紀元前478年に建造され、中国の歴代王朝が孔子を祭った廟で、敷地面積ガ21万8000平方メートルにものぼる。この大規模な東方建築群は、北京の故宮、河北省承徳の避暑山荘と並んで、中国古代3大建築群と称され、中には2100点以上の碑刻、碣石など貴重な文物が豊富に収蔵されている。
曲阜市の北にある孔林は「至聖林」とも呼ばれ、孔子及びその子孫の専用墓地である。孔林は中国で最も古い、しかも保存状態最良の最大規模のの氏族墓地である。広大で重厚、独自の風格をもつ孔林は、樹齢1000年を越える2万株以上の古木と、10万余株に及ぶ大木が根を絡ませあうように密生し、茂る枝葉が陽を遮って木陰を作りだしている。園内には千年前からの様々な碑石や石儀が群をなし、老樹とあいまって墓園の枯淡で静寂な佇まいを作り上げている。
孔府は孔廟の東側に位置し、南向きに建てられ、全体の配置は東、西、中央の3路に分かれている。封建時代の役所と住宅を兼ね備えた膨大な建築群で、東路は「東学」とも呼ばれ、往年の孔氏家廟と作業場であった所。西路は「西学」とも呼ばれ、往年の「衍聖公」(孔子の第46代目子孫)が貴賓と会見したり読書や礼を習ったりする所であった。中央路は孔府の主体となる部分で、前後2部分に分かれ、前方は官署、後方は住宅になっている。内宅は北京の故宮内庭の3宮6院の豪勢さには及ばないが、装飾や室内調度品や文物は精巧で見事なものである。皇帝が下賜したものや高官や資産家からの贈呈品のほか、孔府が高額で買い上げたものもあるこれらの珍宝は、古代中国の歴史、文化を研究する上で、極めて貴重な資料となっている。 |






